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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)63号 判決 1970年9月30日

控訴人 甲竜烈こと 甲英燾

右訴訟代理人弁護士 長池勇

被控訴人 乙淑晶

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 川西譲

右復代理人弁護士 藤原精吾

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人乙淑晶は控訴人に対し乙清(昭和三四年九月二六日生)および乙芙春(昭和三六年二月九日生)を引渡せ。被控訴人らは控訴人に対し連帯して金一五〇万円およびこれに対する昭和四一年八月七日以降完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも全部被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の主張、証拠の提出・援用・認否は左に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

控訴代理人は「控訴人は昭和四三年二月一九日北海道古平郡古平町役場に対し乙清、乙芙春の認知届を提出し、同日受理された。なお、一九六二年一月一五日公布の大韓民国の渉外関係に関する民事法の第一五条一項によれば、婚姻届が日本の市町村役場に提出されたときに有効となる旨の定めがあり、これと同様に、認知が、その認知の行為地国の法律に従ってなされたときも認知手続は有効と解すべきである(昭和三九年七月一四日外務省移住局長より法務省民事局長宛移総第四四八一号回答参照)から、右届出により認知の効力が有効に発生した。」と述べ(た。)、≪証拠関係省略≫

被控訴代理人は「子の認知の要件は父又は母の属する国の法律により定められ、その効力もまたその本国法による(法例一八条)ところ、韓国民法によれば認知は韓国の戸籍吏に届けることによって効力を持つ、従って日本国籍のない控訴人が日本で認知をしても無効であり控訴人と乙清、乙芙春との間に法律上の親子関係はない。なお、日本在住の韓国人が本国に認知の届出をすることは、民団を通じて可能である。」と述べ(た。)、≪証拠関係省略≫

理由

第一、慰謝料請求について。

一、控訴人と被控訴人淑晶が昭和三二年五月一九日事実上の婚姻をしてその後昭和三三年以降控訴人の肩書現住地において同棲し、両者間に、昭和三四年九月二六日長男乙清、昭和三六年二月九日長女乙芙春がそれぞれ出生したが、その婚姻届出手続が未了のまま昭和四〇年六月一二日被控訴人淑晶が清および芙春を連れて現住地に移住し、爾来別居したままであることは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によれば、控訴人および被控訴人はともに大韓民国の国籍を有する者であって、両者の婚姻は届出によって効力を生ずべきものであるから、右両者はいわゆる内縁の夫婦関係にあったものというべきところ、前記別居を契機として当事者双方とも内縁関係復活の意思を喪失し、右内縁関係は現に破綻して終了していることが認められ、他にこれに反する証拠はない。

三、控訴人は、右内縁関係の破綻については、被控訴人らの責に帰すべき事由があると主張するので判断する。

≪証拠省略≫によれば、前記控訴人現住地における同棲中、被控訴人淑晶において仕事熱心な控訴人に対する協力が充分でなく、買物などを控訴人にさせるなど、主婦としての努力に欠ける点があり、且つ寒冷の控訴人現住地を嫌い、再三、実家である肩書現住地に帰り、また控訴人に同地への移住を要望するなどしていたところ、控訴人がこれに応じないため遂に家出同様にして二子を連れて現住地へ引き移ったものであることが認められ、これによれば、右内縁関係破綻の原因の一端が被控訴人淑晶にも存することは認められる。

しかし乍ら、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人は二子のうち男の子にはせがまれれば物を買い与えても、女の子にはそうしてやらないなど、元来どちらかというと男尊女卑の心情的傾向の持主であることから、妻は夫の仕事に黙って全面的に協力すべきものとする考えを持ち、しかも仕事には相当熱心であるが金銭には細かく、被控訴人淑晶に家計の自由を与えず、子供の水泳遊具を買うなど些細な出費についてもこれを相談なくするときは一々とがめ立てし、且つ飲酒しては粗暴な振舞が多く、被控訴人や幼い二子にも乱暴を働くことがしばしばであったこと、結婚後被控訴人淑晶および東唐の再三の要望にも拘らず容易になし得る婚姻届出手続をしなかったこと、が認められ、原審および当審における控訴本人の供述中これに反する部分はたやすく措信し難く、他にこれに反する証拠はない。

そうだとすると、被控訴人淑晶が昭和四〇年六月に現住地に移住したのは、前記控訴人の日常の言動に堪え難くてその行為に出たと考えることができるから、事ここに至らしめた責任の多くはむしろ控訴人にあるものというべく、その責任の度合が被控訴人淑晶の方が控訴人のそれよりも大であるとは到底認められないので、前記内縁関係の破綻の責任の一端が淑晶にあったとしても、控訴人は被控訴人淑晶に対して慰謝料の請求はなし得ないものというべきである。

四、次に、右内縁関係破綻につき被控訴人東唐、同珠子が加功したと認めるに足りる証拠はない。控訴人は、右別居後尼崎に移住すべく被控訴人東唐の要求により就職の資金を送ったが、これは被控訴人東唐が騙取したものである旨主張し、前掲各控訴本人の供述中にはこれに副う部分もあるが、右は前掲各被控訴人東唐本人の供述に照らしたやすく措信し難く、かえって同供述によれば控訴人は送金した金の返還を要求して、自ら尼崎へ移住する意思のないことを表明したことがあり、このことも被控訴人淑晶をして内縁解消への決意を固めしめることとなったことが認められる。

五、以上の次第であって、控訴人の被控訴人らに対する慰謝料請求は失当である。

第二、子の引渡請求について。

一、乙清(昭和三四年九月二六日生)、乙芙春(昭和三六年二月九日生)が控訴人と被控訴人淑晶間の実子であって、現に被控訴人淑晶が養育していることは当事者間に争いがない。

そして控訴人は、昭和四三年二月一九日北海道古平町役場に対し右二子の認知届出をし、法律上も父となったから、右子らの引渡を求めると主張する。

二、しかし乍ら、法例第二〇条により、親子間の法律関係は父の本国法に依るから、本件については韓国民法に依るべきところ、右乙清、乙芙春はすでに被控訴人淑晶において婚姻外の出生子として届出でているから、同法九〇九条三項により同人の親権に服している者であり、被控訴人淑晶は、同法九一三条、九一四条により右親権に基づき、その監護養育していることは明らかである。かかる場合においては韓国民法の解釈としても、父がその母の監護権を排して子の引渡請求をなし得るためには、実父であるとかまたは認知により法律上父となっただけでは足りず、同時に子の親権者となった場合でなければならないと解する(同法九〇九条、九一四条)。(因みに日本民法によれば、認知の際の親権者および監護権者の決定は父母の協議または家庭裁判所の審判によって定まり(八一九条四項五項、七八八条、七六六条)、右協議又は審判により親権者・監護権者の地位を取得しないうちは、父は認知をしても当然には母に対し子の引渡請求はできないと解すべきである。)

しかして、前記控訴人のした認知届出が有効であるかどうかの論点はしばらく措き、仮にこれをその法律上の父子関係の形成という点においては積極に解するとしても、韓国民法九〇九条一項によれば「未成年者である子は、その家にある父の親権に服従する」とされているところ、右「その家にある」とは、父子が同一戸籍内にあることをいうものと解する(同旨学説として権逸・韓国親族相続法一三八頁があり、同法とほぼ同一立法例であった旧日本民法八七七条の「其家ニ在ル」の文言も同様に解されていた。)ところ、右認知届出により、当然にはその子らが控訴人と同一戸籍に入籍したということはできない。すなわち、≪証拠省略≫によれば控訴人は戸主ではなく、訴外甲相元の家族と認められるから、乙清および乙芙春が右甲相元の戸籍に入籍されたことの主張・立証がないかぎり、控訴人が同人らに対し「その家にある父」として親権を行使でき得る地位にあるということはできない。

尤も韓国民法の解釈として、父の認知届出により子は当然に庶子となって父の戸籍に入籍されるとの解釈もでき得ないではないが、七八二条二項の反対解釈および同法の母法である旧日本民法七三五条を参照するとき、同法七八二条一項による家族の婚姻外子の入籍には戸主の同意を要すると解すべき余地が生ずるところ、本件において甲相元が乙清、乙芙春の入籍に同意したと認められる証拠はなく、かりにこの点において戸主の同意を要しないとの解釈をとるとしても、韓国戸籍法(法例八条により、その方式も韓国戸籍法によるものと解する)四〇条、四一条による手続を経なければ、前記我国の戸籍吏に対する認知の届出だけでは、未だ乙清・乙芙春が甲相元の戸籍に入籍せられたるものというを得ない。

三、されば、控訴人の被控訴人淑晶に対する子の引渡請求も失当として排斥を免れない。

第三、結び

以上のとおり、控訴人の本訴請求はいずれも棄却さるべきものであるから、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がない。よって民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上喜夫 裁判官 賀集唱 潮久郎)

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